令和7年度入学式式辞
新入生の皆さん、熊本大学へのご入学、誠におめでとうございます。皆さんの入学をお祝いするかのように、満開となった桜が美しく咲き誇る良き時分となりました。このようなよき日に、御来賓各位の御臨席を賜り、理事、副学長、部局長、教職員と共に、総勢2,616名の入学生の入学式を執り行うことができることは、大変喜ばしいことであります。また、入学を果たされた皆さんの研鑽と努力に敬意を表し、その志を支えてくださったご家族や先生方をはじめ、関係する皆様に深く感謝しつつ、心よりお慶び申し上げます。
皆さんがこれから学ぼうとする熊本大学は、1887年(明治20年)に設立された第五高等中学校(五高)から数えて、138年の長い歴史と素晴らしい伝統を持ちます。文学部、法学部、理学部は旧制第五高等学校、教育学部は熊本師範学校、工学部は熊本工業専門学校、薬学部は熊本薬学専門学校、医学部は熊本医科大学を母体として、1949年(昭和24年)に国立熊本大学として発足した総合大学です。さらに歴史をさかのぼりますと、医学部と薬学部は細川藩が1756年(宝暦6年)に開いた再春館と蕃滋園に始まります。
熊本大学には、「五高記念館」、「化学実験場」、「工学部研究資料館」、「表門(おもてもん)」(通称:赤門)の4つの国指定重要文化財の建造物があり、なかでも1889年(明治22年)に完成した五高記念館は重厚感漂う美しい建造物で、キャンパスは日本の大学の中でも特に歴史と伝統を感じさせる「本当に大学らしい大学」と評価されています。
その第五高等学校では、夏目漱石、嘉納治五郎、ラフカディオ?ハーンなどが教鞭をとり、物理学者で随筆家の寺田寅彦、首相となった池田勇人、佐藤栄作などが学生として学びました。また、千円札の肖像となっている日本医学の父で感染症学の巨星、北里柴三郎博士は、1853年熊本県小国町に生誕し、熊本大学医学部の前身である古城(ふるしろ)医学校でオランダ人軍医マンスフェルトに師事し、医学への道を志しました。一歩キャンパスや建物に踏み入ると、彼らの息吹を感じることができる空間が広がっています。
皆さんは、この緑豊かな素晴らしい空間で、思う存分、学びを深めることができます。
歴史と伝統のある熊本大学ですが、現在、大きな変革期にあります。
熊本県では、半導体関連企業を中心とした産業集積が急速に進んでおり、半導体産業の振興における重要地域として、国内はもとより国際的にも非常に注目されています。まさに百年に一度の変革期を迎えていると言っても過言ではないでしょう。この変革期において、大学は、半導体産業を始めとする各種分野における高度な人材育成が求められています。
熊本大学は、このような社会的要請に応えるため、「地域と世界に開かれ、共創を通じて社会に貢献する教育研究拠点大学」を目指しています。「教育」、「研究」、「社会との共創?医療」の3つの戦略に基づき、「常に情報を発信し続ける大学」、「常に外から見える大学」、「常に外からの声に耳を傾け、発展し続ける大学」 を基本姿勢に掲げて改革を進めており、これまで積み重ねてきた信頼と実績をより一層強化し、その成果を地域?社会?世界の発展のために積極的に還元することとしています。
それを具体化するためのエンジンとして、「地域中核?特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」という、文部科学省の交付予定額55億円規模の事業に今年の1月に採択されました。本学の構想を一言で申し上げますと、「半導体実装から社会共創研究を通じて、地域イノベーションの実現と持続可能な産業都市構築を目指す」というもので、地域の企業と共にイノベーションを実現しながら、そのための機能強化?大学改革を実行することにしています。
“百年に一度の変革期”を念頭に、これまでに行った熊本大学の具体的な取組を挙げますと、まず、2023年4月に「半導体?デジタル研究教育機構」を発足させ、2024年4月に、大学創設以来初めての新たな学部相当組織である「情報融合学環」を立ち上げ、工学部には「半導体デバイス工学課程」を設置しました。世界的半導体製造企業であるTSMCや、台湾の国立4大学との連携も進めています。また、皆さんもニュースでご覧になったことがあると思いますが、来年4月には、新たな学部相当組織として「共創学環」を立ち上げる予定で、同時期に教育学部や文学部の改革も予定しており、さらに附属学校にも国際クラスを設ける予定と、まさに改革の様相を呈しています。
以上のように、熊本大学は、歴史と伝統を大切にしつつ、社会からの要請に応えるべく、変化を続けています。このような改革を“てこ”にして、文系?理系を問わない文理融合の学術的な専門知識?多面的な思考力と共に、高度な英語力と異文化理解を持った国際対話のリテラシーを身につけられる教育を提供し、イノベーションを創出し国際社会で活躍できる人材を育成していきます。新入生の皆さんも、今までの人生で得てきた知識、経験、交友関係を大切にしつつ、熊本大学でさらなる「自分磨き」を行い、将来、社会に貢献できる人材になってもらいたいと思います。
ここからは、皆さんが大学で取り組んでもらいたいことを述べたいと思います。
大学生活は、高校までとは異なり、自ら考え、行動することが求められます。講義を受けるだけでなく、研究に取り組み、新たな発見をすることができる環境が大学にはあります。熊本は、2016年の熊本地震を経験し、多くの人々が復興に向けて力を合わせてきた地域です。本学もまた、地域社会とともに歩みながら、未来に向けた新たな価値を創造することを使命としています。
さて、話題となっている「半導体」ですが、「半導体」というと理系を想像する方が多いと思うのですが、今後はデータサイエンスなど理系的なセンスを持った文系人材の需要が高まっていきます。「半導体×(クロス)人文社会科学」「半導体×(クロス)生命科学」などの組み合わせでイノベーションを起こしていく。文系理系を問わず、この姿勢を熊本大学全体に広げていきたいと考えています。
半導体研究のテーマは高度に専門分化されていますが、それをさまざまなデバイスに応用するには、全体を俯瞰して束ねられる人材が必要になってきます。そのためには優れたコミュニケーション能力が欠かせません。
私自身の経験を例に出しますと、自分の専門分野に閉じこもっていては新たなアイディアは出てこないということです。全く別の分野の先生方と話すことで、初めて新しい知識が得られます。学問分野のみでなく企業や銀行の方々との対話から得られた学びもたくさんありました。
イノベーションを起こすには、あくまで専門家でありながら、コミュニケーション能力を研ぎ澄ませることが大切です。
ここで、コミュニケーション能力を磨き、人間力を育み、社会性を身につけるための簡単な方法を皆さんにお伝えしたいと思います。それは、「挨拶」をすることです。「大学生にもなって、何を今さら」と思うかもしれませんが、挨拶は、人と人との心の距離を縮め、信頼関係を築く礎となります。人に会ったら、自ら挨拶や会釈をしてみてください。挨拶がきっかけで、新しい交友関係ができるかもしれません。
現在、人材が東京に一極集中している状況ですが、これからは「人の流動性」が高まっていきます。地方の教育レベルが上がれば、東京の教育レベルも一緒に上がり、それが地方の発展、ひいては日本経済の復活につながると思います。
その意味において、熊本はモデルケースとして一つの試金石になるでしょう。世界的企業の工場開設が呼び水となって半導体関連企業の進出が相次ぎ、地域の国際化や人材の流動性が高まっています。百年に一度のチャンスを手にして、熊本大学はどれだけ伸びるのか、変化できるのか、私たちはいま大きな岐路に立っていると実感しています。この大きな変化の中に立って、皆さんが“きら星”のごとく輝く姿が、すでに私の目には見えています。
最後に、皆さんがこれからの4年間、学問だけでなく、クラブ活動やサークル活動などに積極的に参加し、それを通じて、人としても大きく成長し、豊かな人生の礎を築かれることを願っています。私も皆さんと同じように53年前に熊本大学に入学し、クラブ活動などを通じて大学生活を謳歌しました。この時の友人とは今も親しく付き合い、まさに生涯の友となっております。熊本大学での時間が、皆さんの未来を切り拓く貴重なものとなることを心から祈念し、私の式辞といたします。
本日は、熊本大学へのご入学、誠におめでとうございます。
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令和7年4月4日
熊本大学長 小川久雄