健康と病気の発生起源説(DOHaD説)を考察-やせと肥満を誘導する2つの酵素が働く可能性を指摘-
【ポイント】
- 生活習慣病に罹りやすい体質形成において、出生前後の環境が影響しているとする「健康と病気の発生起源説」(DOHaD説)※1が高く注目されている
- 心筋梗塞、高血圧、肥満?糖尿病、サルコペニア、認知症といった成人病では、それぞれの組織のミトコンドリア代謝の低下が知られている
- 酵素Sirt1※2はミトコンドリア代謝※3の遺伝子群の働きを促進することで、代謝活性の増加と脂肪燃焼(やせ)を誘導する
- 酵素LSD1※4はミトコンドリア代謝の遺伝子群の働きを抑制することで、代謝活性の低下と脂肪蓄積(肥満)を誘導する
- 「代謝プログラム」※5を変換するという新しい観点から、生活習慣病や健康長寿の制御法?予防法の開発が期待される
【概要】
熊本大学発生医学研究所細胞医学分野の中尾光善教授、日野信次朗准教授、阿南浩太郎研究員、荒木裕貴大学院生(同大学院医学教育部博士課程)は、代謝に関わる2つの酵素経路「NAD+依存性脱アセチル化酵素Sirt1(NAD+-Sirt1)」と「FAD依存性リジン特異的脱メチル化酵素LSD1(FAD-LSD1)」が、特定の遺伝子群の働きを調節し、栄養シグナルが伝達されることに着目して比較検討してきました。これらの経路は食事性ビタミン※6やインスリンなどの栄養に関わるホルモンによって制御され、その結果、脂肪細胞や骨格筋などで代謝活性と組織特有の性質を形成することが報告されています。
英国のデビッド?バーカー博士(1938-2013年)らは、低出生体重児(出生時体重が2,500グラム未満)がその後に心筋梗塞や高血圧、2型糖尿病、肥満といった成人病を発症するリスクが高いことを疫学調査で明らかにして、「成人病の胎児期起源説」(バーカー仮説)を提唱しました。近年では、胎児だけでなく新生児?乳児を含めた出生前後における環境因子の影響をまとめて、「健康と病気の発生起源説」(DOHaD説)(ドーハッド)とよばれています。
本論文は、これまでの研究を元に、脂肪燃焼を誘導するNAD+-Sirt1と脂肪蓄積を誘導するFAD-LSD1の2つの経路がDOHaD説のメカニズムに関わる可能性について考察したものです。現代社会で注目される生活習慣病、加齢による変化、肥満や糖尿病、認知症などの発症や罹りやすい体質形成について理解を深めると期待されます。さらに、受胎期の両親の適切な栄養と生活環境が重要であることを示しています。
本研究成果は、文部科学省科学研究費補助金、武田科学振興財団研究助成などの支援を受けて、世界最高水準の総説雑誌「Trends in Endocrinology and Metabolism」(電子版)に米国時間の2019年5月28日に掲載されました。
【用語解説】
※1:DOHaD
:「Developmental Origins of Health and Disease」の略。
※2:Sirt1(サーチュイン型の脱アセチル化酵素1)
:タンパク質を構成するリジン(アミノ酸のひとつ)のアセチル基を除去する酵素。DNAは4種類のヒストンの集合体に巻き付いており、Sirt1は「ヒストン」や他のタンパク質のリジンを脱アセチル化し、遺伝子の働きを調節する。
※3:ミトコンドリア代謝
:ミトコンドリアは細胞のエネルギー分子(ATP)の合成の場。主に糖?脂肪酸を用いて、酸素の存在下でエネルギーを合成するため、ミトコンドリア(好気)呼吸ともいう。
※4:LSD1(リジン特異的脱メチル化酵素1)
:タンパク質を構成するリジンのメチル基を除去する酵素。DNAは4種類のヒストンの集合体に巻き付いており、LSD1はそのうちの1つ「ヒストンH3」の4番目のリジンを脱メチル化し、遺伝子の働きを抑える。
※5:代謝プログラム
:代謝とは、細胞?組織が糖?タンパク質?脂質などを利用して、エネルギーを産生?消費する仕組み。代謝経路には数多くの酵素群が協働しており、これらの遺伝子群の働きを協調的に制御するプログラムがある。本文中の「エピゲノム」がプログラムに重要な役割を果たし、「代謝メモリー」ともよばれる。
※6:食事性ビタミン
:食事から摂取されるビタミン。NAD+とFADはそれぞれ、食事性ビタミンB群であるニコチンアミド、リボフラビンが体内に摂取されて、細胞内で合成されたもの。NAD+とFADは多くの代謝酵素の活性に必要な補酵素であるとともに、Sirt1とLSD1の活性に欠かせないことが注目される。つまり、栄養?代謝と遺伝子?エピゲノムを結びつける役割を果たしている。
【論文情報】
論文名:Distinct roles of the NAD+-Sirt1 and FAD-LSD1 pathways in metabolic response and tissue development (代謝応答と組織発生におけるNAD+依存性Sirt1とFAD依存性LSD1経路の異なる役割)
著者名:Mitsuyoshi Nakao*, Kotaro Anan, Hirotaka Araki, and Shinjiro Hino (*責任著者)
掲載雑誌:Trends in Endocrinology and Metabolism(Cell Press) doi:10.1016/j.tem.2019.04.010
URL:https://www.cell.com/trends/endocrinology-metabolism/fulltext/S1043-2760(19)30072-4
【詳細】
プレスリリース(PDF562KB)
お問い合わせ?発生医学研究所 教授 中尾 光善
電話:096-373-6804
e-mail:mnakao※kumamoto-u.ac.jp
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