固体の結晶構造を記憶する液体~液体ビスマス中の奇妙な音波から証明

?世界で初めて、液体ビスマス中の音響モードの励起エネルギーが特異な分散を示すことを実験で検証し、そのメカニズムを解明しました。
?従来、液体ビスマスの音響モードを表す非弾性散乱ピークは低い運動量領域でしか観測できないと考えられていたものを覆しました。
?今回の成果から、溶融母金属からの新材料創成やナノテクノロジーへの発展、応用が期待されます。

国立大学法人広島大学(学長:越智光夫)の乾雅祝教授、梶原行夫助教、宗尻修治准教授、国立大学法人熊本大学(学長:原田信志)の細川伸也教授、慶應義塾大学(塾長:清家篤)の千葉文野専任講師、公益財団法人高輝度光科学研究センター(理事長:土肥義治)の尾原幸治研究員、筒井智嗣主幹研究員、国立研究開発法人理化学研究所(理事長:松本紘)のアルフレッド?バロン准主任研究員は理論的に予言されていた液体ビスマス(*1)中のパイエルス歪(*2)と呼ばれる異方的な結合の実証に成功しました。
パイエルス歪が実現しているなら普通とは異なる原子の集団運動が観測されるはずであるという期待から、液体ビスマスの音響モード(*3)は非弾性中性子散乱で既に調べられていましたが、一見矛盾する2つの実験結果の報告があるものの、2つの矛盾を検証するための実験的?理論的研究は進んでおりませんでした。2010年、第1原理分子動力学シミュレーションによって、パイエルス歪を考慮すれば2つの実験結果を矛盾なく説明できることが予言され、本研究によってその予言がSPring-8(*4)のBL35XUの高分解能非弾性X線散乱実験(*5)を行うことで初めて実証されました。
本研究によって原子間にはたらく力を制御することでナノ構造をデザインできることが明らかとなり、また今回の発見は新物質創成やナノテクノロジー分野の発展に大きく貢献できることが期待されます。
本研究成果は、平成27年8月25日(米国東部時間)米国科学誌「Physical Review B」(オンライン版)に掲載されました。(URL: http://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.92.054206

【用語説明】
(*1)液体ビスマス
原子番号83のビスマスは融点271℃、沸点1,551℃と約1,300℃の広い温度範囲にわたり液体状態を示す元素です。液体ビスマスは約1.3μΩ?mの抵抗率を示し、これは金属と同じくらい電気を通す値なので、液体ビスマスは水銀などと共に液体金属に分類されています。
(*2)パイエルス歪
理論物理学者パイエルスは、1個の価電子をもつ原子が1次元鎖を形成する場合、電子エネルギーを考慮すると、原子が等間隔に並ぶよりは、原子が対になり長短2種類の原子間距離が交互に現れる並び方の方が、エネルギーが得になることを見出しました。原子が等間隔に整列した構造が実は不安定であることを証明したので、この現象をパイエルスの不安定性、このような構造をパイエルス歪といいます。
(*3)音響モード
液体中の原子、分子が、協調的に集団運動することにより生まれる縦波音波(粗密波)や横波音波のことです。一方、固体中の原子、分子が、協調的に集団運動することにより生まれる縦波音波、横波音波は、ふつうフォノンと呼ばれています。
(*4)SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の大型放射光施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。この施設では、シンクロトロン加速器で電子を光速まで加速して、電子の軌道が曲げられる際に放射される非常に輝度の高い赤外線からX線までの放射光を利用した様々な実験が行われています。
(*5)高分解能非弾性X線散乱実験
X線を試料に照射したとき、試料の様々な励起状態とエネルギーをやり取りした結果、散乱X線のエネルギーが入射X線のエネルギーから変化する現象を、非弾性X線散乱と言います。音響モードの励起エネルギーは、入射X線のエネルギーの100万分の1程度なので、X線のエネルギーを非常に高精度で測定しなければ、非弾性X線散乱から音響モードのエネルギーを決定できません。このように、非常に高い精度で行われる非弾性X線散乱実験のことを高分解能非弾性X線散乱実験といいます。

【タイトル】Anomalous dispersion of the acoustic mode in liquid Bi
【著者名】M. Inui, Y. Kajihara, S. Munejiri, S. Hosokawa, A. Chiba, K. Ohara, S. Tsutsui and A.Q.R. Baron
【掲載誌】Physical Review B

【詳細】 プレスリリース本文 (PDF 422KB)

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