世界初!元素種を識別して材料のミクロ構造を解析するノイズ耐性の高い新解析法を開発
【ポイント】
- 広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルから材料のミクロ構造を解析するため、電子波多重散乱理論に基づいたスパースモデリングとベイズ推定を組み合わせたノイズ耐性の高い新解析法を開発しました。
- 本解析法は、ノイズ耐性が高いため、X線吸収強度が弱くこれまで困難であった薄膜試料のミクロ構造の解析が実現できることから、光スイッチ材料として期待されるイットリウム酸水素化物薄膜に応用し、イットリウム周りの酸素の配位構造を決定しました。
- 本解析法は、材料の元素種の情報だけで原子間距離を正しく解析し、材料のミクロ構造を解明することができ、新しい薄膜デバイス材料の研究に貢献することが期待されます。
【概要説明】
熊本大学産業ナノマテリアル研究所の熊添博之 特任助教、赤井一郎 教授らの共同研究グループは、イットリウム酸水素化物(YHO)薄膜(注1)の広域X線吸収微細構造(EXAFS)(注2)スペクトルに、電子波多重散乱理論(注3)に基づいた基底関数(注4)を用いたスパースモデリング(注5)とベイズ推定(注6)を組み合わせた新しい解析法を適用しました。その結果、YHO薄膜のイットリウム周りに存在する酸素原子が四面体配位(注7)していることが明らかになり、ベイズ推定により、データに重畳するノイズをモデリングして、解析困難なノイズの大きいデータからミクロ構造(注8)を解析することに成功しました。この手法は機能性薄膜材料を始めとする様々な物質のミクロ構造解明への応用が期待されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST 熊本大学 赤井一郎 教授(JPMJCR1861)、CREST 東京大学 岡田真人 教授(JPMJCR1761)、CREST 物質?材料研究機構 岩崎悠真 主任研究員(JPMJCR21O1)、さきがけ 筑波大学 五十嵐康彦 准教授(JPMJPR17N2)、さきがけ 東京工業大学 清水亮太 准教授 (JPMJPR17N6)、文部科学省科学研究費助成事業(東京工業大学 清水亮太 准教授(JP19H02596、JP19H04689)、東北大学 折茂慎一 教授(JP18H05513)、東京工業大学 一杉太郎 教授(JP18H05514)および旭硝子財団の支援を受け、あいちシンクロトロン光センター イエザーリ?ファビオ 研究員、同 岡島敏浩 副所長、東京工業大学 小松遊矢(博士後期課程2年)、日本原子力研究開発機構 松村大樹 研究主幹、量子科学技術研究開発機構 齋藤寛之 上席研究員、熊本大学 岩満一功 技術主任および九州シンクロトロン光研究センター 妹尾与志木 所長の共同研究にて行いました。本研究成果は米国科学雑誌「AIP Advances」に令和3年12月10日午前10時(米国東部時間)に掲載されました。
【用語解説】
(注1)イットリウム酸水素化物(YHO)薄膜
イットリウムに酸素と水素が結合した層状物質。
(注2)広域X線吸収微細構造(EXAFS)
原子のX線吸収によって放出される自由電子波と、それが近接原子によって散乱?回折された自由電子波との干渉現象を利用した構造解析法。干渉パターンが近接原子との距離で劇的に変化することから、原子スケールのミクロ構造を解析するために汎用的に用いられています。
(注3)電子波多重散乱理論
X線吸収によって放出される電子波の散乱を記述した理論。周囲には無数の散乱される対象が存在し、また複数回散乱されるような多重な散乱を扱うことができます。
(注4)基底関数
波の重ね合わせの原理に基づいて、様々な波形を基本的な波形の足し合わせで再現した際に用いられる、基本的な波形を表す関数を基底関数といいます。
(注5)スパースモデリング
現象を説明する要因は少数(スパース)であるという仮定に基づき、適切な規範に従ってデータに含まれる主要因を抽出する方法。少ない情報から全体像をつかむことができ、幅広い分野で利用されています。
(注6)ベイズ推定
結果から原因を推定する統計学であるベイズ統計学の考え方に基づいた推定方法の1つ。データ分析では、計測データのモデルを立て、そのモデルのパラメータを求めるパラメータ推定が行われます。計測データとパラメータを共にランダムに得られるもの(確率変数)とみなし、パラメータが従う確率分布を求める手続きをベイズ推定と呼びます。パラメータの値に加えパラメータが従う確率分布を得られるため、パラメータの値が持つ不確かさを定量化できます。
(注7)四面体配位
注目原子を中心として、ある原子が四面体の頂点の位置に存在すること。この場合は、イットリウムを中心に4つの酸素が四面体の頂点に存在します。
(注8)ミクロ構造
原子や分子が空間的に規則正しく配列した結晶が繰り返されている原子スケールの構造のこと。
【論文情報】
論文名:Bayesian sparse modeling of extended X-ray absorption fine structure to determine interstitial oxygen positions in yttrium oxyhydride epitaxial thin film
著者(*責任著者):Hiroyuki?Kumazoe1,*, Yasuhiko?Igarashi2,3, Fabio?Iesari4, Ryota?Shimizu5,3, Yuya?Komatsu5, Taro?Hitosugi5, Daiju?Matsumura6, Hiroyuki?Saitoh7, Kazunori?Iwamitsu8, Toshihiro?Okajima4, Yoshiki?Seno9, Masato?Okada10,11, Ichiro?Akai1,*
- 熊本大学 産業ナノマテリアル研究所
- 筑波大学 システム情報系
- 科学技術振興機構 さきがけ
- あいちシンクロトロン光センター
- 東京工業大学 物質理工学院
- 日本原子力研究開発機構 物質科学研究センター
- 量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門
- 熊本大学 技術部
- 九州シンクロトロン光研究センター
- 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 複雑理工学専攻
- 物質?材料研究機構 情報統合型物質?材料研究拠点
掲載誌:AIP Advances
doi:10.1063/5.0071166
URL:https://doi.org/10.1063/5.0071166
【詳細】
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お問い合わせ熊本大学産業ナノマテリアル研究所
教授 赤井 一郎
電話:096-342-3296
e-mail:iakai※kumamoto-u.ac.jp
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