“ヤゲン軟骨の秘密”を解明 ?飛ぶ鳥と走る鳥で異なる胸骨の形はどう生まれるのか?

(ポイント)

  • 飛翔する鳥は胸骨に「竜骨突起」を持つ一方,走行性の鳥は平らな胸骨を持つことに着目
  • 軟骨前駆細胞の増殖を促すTGF-β(※1)シグナルが,竜骨突起形成細胞では長く活性化する
  • TGF-βシグナル活性化の“異時性(※2)”が,竜骨突起の有無を決めることを世界で初めて発見
  • 骨格形態の多様化メカニズムの解明に加え,胸郭変形症の発症機序の理解にもつながる成果

( 概要説明)

 脊椎動物の骨格は実に多様で,それぞれの動物の行動様式に適応した形をとります。鳥類の胸骨形態の違いはその典型例です。飛翔する鳥(胸峰類)は,胸骨の中央に「竜骨突起」と呼ばれるブレード状の構造を持ち,これが強力な飛翔筋の土台となります。一方,ダチョウやエミュー(※3)など走って移動する鳥(平胸類)は,この突起を持たず平らな胸骨をしています。こうした違いは進化の過程で生まれましたが,その仕組みはこれまでよく分かっていませんでした。

 九州大学大学院システム生命科学府の権昇俊大学院生,理学研究院の熱田勇士講師は,農学研究院の江川史朗助教,熊本大学生命資源研究?支援センターの沖真弥教授,鄒兆南助教,広島大学大学院統合生命科学研究科の本田瑞季助教と共同で,この問題解決に取り組みました。竜骨突起は胚発生期に形成されることから,研究グループはニワトリ胚(胸峰類)とエミュー胚(平胸類)を実験モデルとして,まず胸骨発生過程を比較しました。その結果,両者とも同じように胸骨のもととなる前駆細胞が現れるものの,ニワトリではこの前駆細胞が長く増え続けて竜骨突起をつくるのに対し,エミューでは早い段階で成熟してしまい,突起が形成されないことを明らかにしました。さらに,この違いの鍵となるのが「TGF-βシグナル」という細胞間の情報伝達であることを突き止めました。ニワトリではこのシグナルが長く働き続けることで細胞の増殖が保たれ,竜骨突起の形成につながります。本研究は,発生過程におけるシグナル活性化のタイミングのわずかな違い(異時性)が,飛べる鳥と飛べない鳥という大きな形態差を生み出すことを示したものです。

 本研究成果は英国の国際学術誌「Nature Communications」に2026429日(水)にオンライン掲載されました。 

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【研究の背景と経緯】

 脊椎動物の骨格系は,主要な構成成分(ハイドロキシアパタイトやコラーゲンなど)は体の部位や生物種間で顕著な違いはありませんが,大きさや形状はバラエティに富みます。鳥類内でも骨格形態には種間差があり,特に飛翔可能な鳥類である胸峰類と,進化の過程で飛ぶことをやめた平胸類との間には大きな違いがあります。胸峰類はその分類名が示すように,胸骨の正中線上に鋭く突き出したブレード状の構造を持ちます。この構造は「竜骨突起」と呼ばれます(参考図A)。あまり聞き馴染みがないように思われますが,ニワトリの若鶏の竜骨突起の一部は,実はヤゲン軟骨として食されています。飛ぶ鳥はこの竜骨を持つおかげで,筋肉の付着面積を拡大でき,飛翔に必要となる分厚い胸筋をつくることができます(参考図B)。一方で,走鳥類はこの突出構造を進化の過程で失ったため,私たちのような平坦な胸骨を持ちます(参考図AB)。そのため平胸類とも呼ばれます。竜骨突起の存在については飛翔に必須の構造として古くから知られていましたが,竜骨突起形成を制御する分子,あるいは種間における突起の有無を決めるメカニズムは謎に包まれていました。

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【研究の内容と成果】

 胸骨は発生過程において,まず鋳型となる軟骨がつくられ,その後,硬い骨に置き換えられることで形成されます。権大学院生らは,胸峰類のニワトリと平胸類のエミューを実験対象として選定し(参考図AB),鳥類胸骨のテンプレートとなる軟骨形成について研究を行いました。意外に思われるかも知れませんが,ニワトリは家畜化され飛ぶのが苦手ですが,未だに飛翔する鳥の体型を保っており,胸峰類のモデルになりえます。一方のエミューは新たな家畜として注目されているオーストラリア原産の鳥類で,平胸類の中でも比較的有精卵を入手しやすいこと,近年ゲノム解析が進んだことなどから研究に利用しました。

 研究グループははじめに,胸骨形成過程のどのプロセスで違いが生まれるのかを観察しました。胸骨の元となる前駆細胞は側板中胚葉(※4)の一部から生じることが知られています。観察の結果,前駆細胞は両者とも同じ発生段階にて出現することがわかりました。また,左右の側板中胚葉から生まれた前駆細胞が体の正中線まで移動し,そこで癒合することで一枚の胸骨板がつくられますが,そのプロセスにおいても顕著な違いは認められませんでした。しかしながら,さらに発生段階を進めると,ニワトリ胚では前駆細胞が増殖を続け,竜骨突起を形成していく一方で,エミュー胚では前駆細胞が,早期に増殖が低下した成熟軟骨へと分化するため突起形成が起きないことがわかりました。

 次に,本田助教,沖教授および九州大学の大川恭行教授らによって開発された,光照射技術とRNAシーケンス(※5)法を組み合わせた領域特異的な遺伝子発現解析法(PIC-RNA-Seq)を用いて,両種の前駆細胞における遺伝子発現パターンを網羅的に調べました。すると,前駆細胞では成熟細胞と比べて,TGF-β(形質転換増殖因子β)シグナルの活性化レベルが高いことが明らかになりました。さらに,独自に確立した前駆細胞の培養系や,胚内での前駆細胞の遺伝子操作技術を活用することで,前駆細胞におけるTGF-βの役割を調べたところ,TGF-βが前駆細胞の増殖に必要不可欠な働きを担うことがわかりました。

 これらの結果は,ニワトリでは前駆細胞においてTGF-βシグナル活性化が持続することで,増殖が促され突起を形成する一方で,エミューではTGF-βが早期に低下するため,前駆細胞の増殖が低下し突起形成が起きないことを示唆しています(参考図C)。

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【今後の展開】

 今後は,このTGF-βの活性化の異時性がどのように生まれるかについて,遺伝子発現制御の観点から研究を進めます。いわゆるエピジェネティックな解析を実施し,TGF-βの発現のオン?オフを決めるゲノムDNA配列を同定します。さらに,ニワトリ,エミューに加え,高い飛翔能力と相対的に大きな竜骨突起を持つハチドリのゲノム情報も利用し,そのDNA配列が進化の過程でどのように変化してきたのかについて明らかにすることを目指します。

研究成果の概要: TGF-βシグナルの異時的な活性化が鳥類胸骨の形態多様性を生み出すことを解明

  • ニワトリ胸骨上には竜骨突起がある一方で,エミューには突出構造がない。
  • 竜骨突起は分厚い胸筋が付着する足場となる。
  • 成果の要約図:エミューではTGF-βシグナルの活性化が早期に減弱するが,ニワトリでは活性化が維持され前駆細胞の増殖が続く。

【用語解説】

(※1) TGF-β???細胞の増殖や分化を調節するシグナル分子の一つ。

(※2) 異時性???ヘテロクロニー。発生過程における現象の起こるタイミングの違いを指す。

(※3) エミュー???オーストラリアに生息する飛べない大型の鳥。

(※4) 側板中胚葉???胚の外側に位置する中胚葉の一部。体壁や内臓のもとになる組織。

(※5) RNAシーケンス???どの遺伝子が使われているか(発現するか)を網羅的に調べる方法。

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【謝辞】

本研究は,創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDSJP23ama12107 and JP25ama121017),創発的研究支援事業(JSTJPMJFR214G),科研費基盤研究(C)(JSPSJP25K09649),住友財団基礎科学助成,武田科学振興財団ライフサイエンス研究助成の支援を受け行われたものです。また,研究を進めるにあたりご協力いただいた農学研究院研究教育支援センター,トランスクリプトミクス研究会,日本蛇族学術研究所,そして,エミュー有精卵を供給してくださったきやまファームに感謝申し上げます。筆頭著者の権大学院生は,K-SPRING採択者(JSTJPMJSP2136)および学振特別研究員(JSPSJP24KJ7193)として研究を遂行しました。

【論文情報】

掲載誌:Nature Communications

タイトル:Heterochronic activation of TGF-β signaling drives the diversity of the avian sterna

著者名:Seung June Kwon, Zhaonan Zou, Mizuki Honda, Shiro Egawa, Shinya Oki, Yuji Atsuta

DOI:10.1038/s41467-026-72602-6

【詳細】 プレスリリース(PDF633KB)

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